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| 第8回 雛祭り |
もうすぐ春がやってきますね。春といえば桃の節供。今回は古くから伝わる伝統習俗雛祭りについてです。
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| 毎年3月3日に雛人形を飾り、桃花や雛菓子を供えて、白酒で祝う習俗で、桃の節供とも言われている。5月の男の節供に対して、女の子が中心になるお祭りで、人形主体の節供習俗の歴史は比較的新しく、江戸時代から始まったとされています。 |
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●雛祭りの伝統
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はじめ都市部を中心に広がり、宮廷や幕府で3月節供に雛人形に関する記録も残っているほどで、以後生産工芸の発達と関連して、しだいに華やかになり、田舎まで波及していき、一般化したのは明治以降と言われています。
江戸時代初期の雛飾りは平壇・立雛の形が主だったそうですが、やがて精巧な土焼きの衣装人形の出現で華麗になり、重ね壇に内裏雛以下、官女、大臣、5人囃子、仕丁、雛道具を並べるという形式が固定していき、新生の女児に雛人形を贈る風習も広まった。そして明治以降は、商店が雛人形を売り出し、こうした傾向をいっそう推し進めたようです。
一方ではその源流は古く、中国の3月上巳の影響を受けて、平安時代には貴族の間で祓えが行なわれていたとも言われています。その内容とは、人形の身体を撫でて身のけがれをそれに移し、後で川に流すというものであったそうである。 |
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●地方の雛祭りの習俗
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これは現在でも鳥取市周辺の「流し雛」という行事が継続しており、紙雛を使って行なっている。また関東の村には3月の節供に古雛を川に流し送り、白酒を供えて婦人・子供が野外にそれを祭り、泣いて別れを惜しむ風習があったと「嬉喜笑覧」という文献に残っています。
また、3月3日とは限らないが、幼児の身を守るために、購いものとして雛人形を贈り合う風習もあったそうで、人形は初め、草や紙、布きれで簡単に作られていた。 千葉県にも3月の節供頃に子供達が野外に出て終日遊び、共同飲食し、その別離を惜しむ風習「野あそび」というのがあります。
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●雛人形の源流
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雛人形について付け加えれば、古くは「ひひな」または「ひいな」と呼ばれて、それ自体は日常子供の遊ぶ人形を指し、人間の雛形であったとされる。これが、上巳節供の行事に飾られた悪気をはらうものとして、いつからか飾られるようになった。つまり、遊びの対象であり、本来は子供の側にあった雛人形が、身の幸福を祈念する祓いに取り入れられ、逆に子供に対する親の願いを込めた存在に変わったものであります。いつの時代も親は子供がかわいいものなんですね。 |
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